【1.はじめに】
発酵食品を作るにあたって、ちょっと知っておきたい知識を述べておきたいと思います。
食品の中には微生物のはたらきで、うま味をかもしだしているものがあります。このホームページでは、みそ、醤油、みりん、ぬか漬け、たくあん、納豆、かぶら寿司、カルピス、ヤクルト、キムチ、パン、ヨーグルトなどがこれに相当します。このようなはたらきをする微生物を大ざっぱに分類すると、カビと呼ばれる菌類に属する麹カビ菌や酵母菌など、DNAが核膜に包まれた真核生物と、細菌のように核膜に包まれていない原核生物に分けることができます。
カビというと、パンに付着する青カビ、赤カビ、黒カビなどが連想され、悪者というイメージが強いものですが、みそ作りに使われる麹もカビの一種です。
微生物の働きのうち、食品の味を低下させるものを腐敗や変敗と呼び、食品作りによい結果をもたらすものを発酵と呼びます。赤カビや青カビのように食品を腐敗させる悪者もいれば、発酵に役立つものもいるわけです。これらの微生物の特徴を知り、おいしい食べ物を安全に手作りしたいものです。
【2.発酵食品に有用な微生物の種類と特徴】
2−1.カビ
日本酒やみそ、醤油作りに欠かせない麹はカビの仲間です。カビは酵母や細菌に比べ、少ない水分量でも生育できますが、酸素がないと生育できません。カビの胞子は、高温に対する耐熱性が強く、例え100℃〜135℃までの温度帯であっても数分から数時間もの間、死滅せずに生き残る胞子が存在します。
このようなカビの中でも、麹カビは微酸性を好み、25℃〜30℃くらいで活発に生育します。50℃前後になると菌体は死滅しますが、麹カビによる分解作用は60℃くらいまで有効に働き続け、胞子は100℃前後まで生き続けます。菌体が死滅後も分解作用が継続するのは、麹に含まれる酵素が関係しているためです。麹カビが持っている酵素には、でんぷんを分解する酵素のアミラーゼや、タンパク質を分解する酵素のプロテアーゼがあり、これらの酵素が60℃くらいまでは破壊されないため、菌体が死滅後も分解作用は継続し続けます。
ちなみに、日本酒醸造用の麹カビには、米のでんぷんを分解する必要があるために、アミラーゼを多く含むものを利用し、みそやしょう油醸造用には大豆のタンパク質を分解するために、プロテアーゼが多い麹を利用します。日本酒では、アミラーゼで分解されたでんぷんがブドウ糖になり、ブドウ糖が酵母菌のエサとなってアルコール発酵して、アルコール成分を造り出すわけです。また、みそやしょう油では、プロテアーゼで分解されたタンパク質がアミノ酸となり、独特のうまみ成分となります。
2−2.酵母菌
アルコールを生成することができる微生物です(※カビや一部細菌もアルコールを生成します)。酵母には、酸素を必要とする産膜酵母もありますが、大部分の酵母は酸素があるほうが生育は活発になるものの、酸素がなくても嫌気的発酵(アルコール発酵)により生育することができます。熱に対する耐熱性としては60℃前後の比較的低温でも10数分で死滅するものがほとんどです。pH4.0とか4.5の酸性を好み、乳酸菌の作り出したpH2.0の強酸性でも繁殖することができます。
手作り食品を作る上で、酵母菌が他の微生物と大きく異なっている点が1つあります。それは、他の微生物を加えるのは食品の分解を主な目的としているわけですが、酵母菌を加えるのは、分解作用に加えて、他の微生物が生成した糖分をえさにしながら、各種アミノ酸、ビタミン、脂肪酸などを
「合成」 できる点です。この合成の働きは酸素の有無により異なり、酸素があるとこれらの物質を合成しますが、酸素がないとアルコール発酵に切り替わり、アルコールを生成します。みそ作りにおいて、仕込み1ヶ月後に切り返しをするのは、切り返しをすることで酸素を補給し、酵母菌のアミノ酸等合成作用を促すためです。
2−3.乳酸菌
細菌の一種で、糖をえさにして、乳酸を作り出すことができます。乳酸はpH2.0〜2.5の強酸性ですので、納豆菌など、他の細菌を殺菌することができます。40℃〜50℃が適温ですが、100℃でも死滅することはありません。また条件的嫌気性細菌のため、酸素はなくても生育します。どちらかというと酸素は大気圧よりも低い酸素分圧になることを最も好み、ぬか漬けのように空気には直接触れてはいないけれど、毎日かき混ぜることによって若干不足しながらも、酸素が供給されているような環境を好みます。
2−4.納豆菌
細菌の一種で、名前からもわかるように納豆作りに欠かせない納豆菌です。40℃が適温ですが、70℃くらいでも旺盛な繁殖力があり、タンパク質や脂肪、炭水化物など様々なものを強力な分解力で分解していきます。ヘタをするとタンパク質をアミノ酸に分解するだけでなく、さらにアンモニアにまで分解してしまう恐れがあります。酸素を好み、アルカリ性環境下におくと活発に活動しますが酸性に弱いので、乳酸菌が繁殖していると、乳酸菌が作り出す酸によって活性度が低下します。
2−5.その他の細菌
食中毒を起こすチフス菌、腸炎ビブリオ、ボツリヌス菌、ブドウ球菌などがあります。また、細菌に寄生するバクテリオファージと呼ばれるウィルスもあります。バクテリオファージは寄生宿主とファージの生育条件がほぼ一致することから、ファージのみの増殖を抑えることは困難です。
また細菌類には、食塩濃度が高くても生育できる好塩菌と呼ばれるものがあり、食塩濃度が20%〜30%であっても生育が衰えない細菌があります。梅干し作りでは一般的に20%の食塩濃度で作られることが多いわけですが、好塩菌では20%〜30%でも生育できるわけですから、梅干し作りよりも高濃度の食塩でも繁殖していることになります。
生育温度は、−7〜75℃の範囲にあれば完全な殺菌はできないと考えた方が無難です。細菌は温度が10℃上昇すれば、生育速度は2倍となり、細菌が生育できる上限の温度を超えると、酵素を構成するタンパク質が熱変性を受け、生育が阻害されはじめます。
圧力との関係では、30℃の環境では300気圧以上の圧力があれば細菌の死滅が始まりますが、中には600気圧でも生育するものもあり、圧力によって殺菌を計ることは困難です。
【3.代表的な発酵食品に働く微生物】
3−1.みりん(麹カビ)
焼酎にもち米と米麹を入れて発酵させ、もち米のでんぷん質を糖化させて作ります。麹カビのもっている酵素でもって発酵させるわけで、焼酎の高純度なアルコール分により他の雑菌とともに麹カビ自体が死滅しても、もち米を糖化させることができます。
3−2.ヨーグルト(乳酸菌)
ヨーグルトは、乳酸菌の働きで作られます。乳酸菌は自分自身で生成する乳酸の働きにより、溶液を酸性とすることができるため、他の雑菌の繁殖を抑えることができます。
3−3.パン(酵母菌)
パン作りは、糖分を含む小麦粉などの生地が酵母菌の働きでアルコール発酵し、アルコール発酵で生成した炭酸ガスを小麦粉のグルテンで包み込むようにして作られます。このパンの発酵に最適な香りと膨らみを持つ酵母はイーストとして市販されています。イーストを使うと発酵力が強いため、他の雑菌が繁殖するよりも前に十分な発酵力を得ることができます。ただし天然酵母を培養したパン作りでは、酵母の活性度が低いために、酵母が十分に発酵するまでの時間がかかり、酵母の香りに酸味を帯びたり、雑菌が繁殖したりすることがあります。
3−4.みそや醤油(麹菌、乳酸菌、酵母菌)
硝酸還元菌→麹カビ→乳酸菌→酵母菌の順序で働きます。硝酸還元菌は仕込み水や麹に含まれる菌が繁殖するもので、硝酸還元菌が増えることにより、亜硝酸が蓄積され、好気性の雑菌の繁殖が抑えられます。この環境の中でも、麹カビの酵素の働きにより糖化がすすみ、糖分が蓄えられるとともに、麹カビが生成した糖分をえさにして乳酸菌が繁殖しはじめることによりpHが酸性に傾きはじめ、雑菌の繁殖は益々抑えられます。乳酸菌の働きで乳酸濃度が1%になると、酵母菌には最適な環境となり、麹カビの酵素がたんたんと作り続ける糖分をエサにして、純粋に酵母だけが生育しはじめるわけです。
3−5.納豆(納豆菌)
納豆は、納豆菌の働きにより、粘りとうまみのアミノ酸が作られています。納豆菌の適温は40℃付近で、50℃以上になると生育が抑制されますが、ヒートショックを与えながら種付けされることからもわかるように、高温に対する熱耐性があり、70℃でも旺盛に繁殖します。もし納豆菌の仕込み初期に40℃以下に下がるようなことがあれば、納豆菌の発芽が遅れ、この間に雑菌が繁殖する恐れがでてきて、カビや乳酸菌、大腸菌が繁殖する恐れがあります。
【4.食品に残存する微生物について】
食品に含まれる微生物を殺菌するために加熱や塩漬けがよく行われますが、家庭で作るような手作り食品の製法では、全ての微生物を完全に死滅させることはできないと思った方が無難です。
例えば、ロースハムやベーコンでは、75℃前後の燻煙をかけることで殺菌していますが、この温度では胞子になったカビは完全に死滅させることはできません。また、梅干しでは塩分濃度を高めることで耐塩性のない細菌を滅菌しますが、細菌のなかにはやはり耐塩性のあるものがあります。食品に添加するような分量の塩分では、耐塩性菌の活動を抑制させるだけで、完全に殺菌できているわけではありません。酸素を遮断する方法も同じです。酵母は酸素があれば増殖しますが、酸素がなくてもアルコール発酵に切り替わり、生存を続けます。
つまり、75℃前後の熱や塩分、無酸素状態だけでは空気中に漂う細菌を完全に殺菌することはできないということになります。でも私たちの身の回りを見渡すと、市販食品という保存性の高い食品も実際にあるわけです。では、市販食品はどのようにしてこれらの問題を解消しているのでしょう。
熱に強いカビも酸素がないと繁殖できないし、塩分に強い細菌も熱に弱いものが多い
(一部例外あり)
ということが言えるわけですが、これを応用すると、温度を75℃以上に高めてかつ、無酸素状態にするとか、塩分濃度を高めるといった
「合わせ技」 を使えばいいことになります。しかし、完全な殺菌ということになると、このように単純な方法では十分ではなく、食品に含まれる可能性のある微生物の特性を考慮し、適切な殺菌方法を選択することが大切になります。
【最後に】
私たちにとっておいしくてかつ、添加物の少ない食品は、言い換えると微生物にとっても
「繁殖しやすい、おいしい環境にある」
と見なすことができます。こういった手作り食品に潜む危険性を見極め、食中毒などの事故のない、安全で楽しい手作りができることを祈っております。
平成13年12月31日 男の趣肴ホームページ管理人 ぴ
※ 【お勧めコーナー】
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フランス編1
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6巻
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7巻
発酵蔵が本格始動
味噌や醤油、
日本酒造りを開始
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参考文献)
1.食品微生物学 技報堂出版 好井久雄、金子安之、山口和夫共著
2.月桂冠 お酒の博物誌 http://www.gekkeikan.co.jp/
さんの
麹菌のつくる酵素 http://www.gekkeikan.co.jp/enjoy/encyclopedia/00169.html
3.農文協 http://www.ruralnet.or.jp/ さんの
現代農業2000年10月号発酵ってなに?
http://www.ruralnet.or.jp/gn/200010/200010_f.htm
4.発酵食品への招待 裳華房 一島英治著 ISBN4-7853-8521-9
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